9月24日夜、麻生太郎内閣が発足。
農林水産大臣には、石破茂さんが就任した。
つまり、わたしのような三文ライターをはじめ、競馬界の頂に君臨することになったのだ。
座右の銘は、「至誠の人、真の勇者」。
慶応大学出身なので、学閥として、丹下を重く登用していただけるとありがたいのだが。その夜、石破大臣が素っ裸に越中ふんどしを締め、腹をだぶつかせながら、あのトロリとした三白眼で、日焼けした頬を紅潮させ、摺り足でそろりそろりと寝室に入って来た。
そして、寝ている私の耳元で、「栗ちゃん、思いっきりブッて」とささやいたところで、飛び起きた。
激しい脂汗をかいていた。悪夢だった。しかし、私の、これまでのSM体験からすると、あの手の顔・体型は「真性のM」という気がしてならない。
テレビに石破さんが映し出されると、赤いロープに縛られた醜態を想像してしまうのは、決して私だけではないはずだ。
当たらずも遠からず、であろう。というわけで、1998年の今週は、9月28日(月)〜10月4日(日)でした。
秋競馬が始まりましたが、みなさん、お元気でしょうか。
ボクは、夏休みを利用して、スイスのマッターホルンへ行ってきました。
山頂から、大声で「そのままー!」と叫ぶと、「そのままー!」と木霊してきました。
てっきりフランス語で返ってくると思っていたのでビックリしました。
スイスの山々は、世界の言語をしゃべれるのですね。
音楽に国境はないと言われますが、木霊にも国境がないのです。
それを知っただけでも、いい旅でした。さて、ちょっと宣伝させてください。
グリーンチャンネルの「鈴木淑子のレーシングワールド」(日曜日・17時〜17時半。再放送あり)で、9月14日から4週にわたって、小牧太騎手のインタビューがあります。
ぜひ、ご覧になって下さい。
というわけで、1998年の今週は、9月14日(月)〜20日(日)でした。散歩に洗濯、カレーライス作り。
ちょこっと原稿を仕上げて、ふるさとに帰省。
釣り三昧に酒三昧。
いつから丹下は「高等遊民」になったのか。
うらやましいじゃないか。思い起こせばン年前、ボクたちは、伊勢丹の屋上で金魚すくいをしたり、カブト虫を見たりしたものだ。
飽きたら、デパートの階段を使って「グリコ・チヨコレート・パイナツプル」で遊んでいた。
ジャンケンで勝った者だけが前に進めるゲーム。
グーなら、「グ・リ・コ」で3段。
チョキは、「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」、パーは、「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」で、それぞれ6段。小学校では、夏休みに「ウナギつかみ大会」が開催されたが、校庭はアスファルト。
ビニールプールの大きい物を何個か用意して、そこに放たれたウナギをワイワイキャーキャー叫びながら獲っていたのだ。
楽しみだったプール講習では、その日に「光化学スモッグ注意報」が発令されたら、即中止。
すごすごと帰宅して、外出してはいけなかった。ボクの場合、ふるさとに帰ると言っても、JRに乗って30分、いま、KKベストセラーズの社屋がある「大塚」に日帰りするだけ。
浪人時代は、自室にクーラーがなかったので、「涼」を求めて山手線に陣取り、「ひと駅ひとつ」と英単語を暗記していた。
言うまでもなく『試験にでる英単語』(青春出版社・森一郎著)である。
関東圏は「でる単」と呼び、関西圏は「しけ単」と読んでいた。
ボクは高校時代の関西人に感化されて、「しけ単」派。なんと心の貧しい夏休みだったのだろう。
いいなぁ、山口県。
目の前は海、振り返れば山。
どなたか、網元出身の女の子、お友達になりませんか。
というわけで、1998年の今週は、8月3日(月)〜9日(日)でした。飲み屋仲間が集まって、今夏、「第1回ギャンブル・トライアスロン」が開催される運びとなった。
一人一人が、得意な(好きな)種目を持ち寄る。
種目ごとに順位をつけ、総合得点でチャンピオンを決定するというわけだ。残念ながら、と言うより、仕方がないので「まずは4人で開催」ということになった。
飲み屋の主・Hさんが、どうしても「麻雀」を入れたいと頑迷に譲らなかったからだ。
8人も集めるのは大変だし、みんな職業が異なるので、多くなれば日時が決めにくくなる。コンビニ店長のYさんからは、「ボウリング」。
IT企業のSさんからは、何と「競馬」が提案された。
私はとうぜん、「競馬」を提案するつもりだった。
しかし、Sさんの第2希望が「ゴルフ」だったので、それでは勝ち目がないと見て、競馬の主催はSさんに譲ることにした。
で、私は「市ヶ谷の釣り堀」を推した。これで、正式に4種目が決定。
8月から、1週間に1種目。
1ヶ月をかけての戦いが幕を切って落とされる。
みなさんに、いいご報告ができるよう、がんばります。
というわけで、1998年の今週は、7月27日(月)〜8月2日(日)でした。
山田乗男がアナログ派というのなら、私は、超アナログ派と言わざるを得ない。
私が、超アナログ派というのなら、丹下は、超弩級のアナログ派と言うべきであろう。
登録されていない漢字がある場合、私には、それを手書きで入力して登録させる技術があるが、丹下は、そこだけカタカナで書いて、管理人に「漢字に直せ」と指示するからである。我われが何気なく発する「デジタル」とか、「アナログ」という言葉が、そもそも和製英語であることは知られていないだろう。
この言葉は、1950年代に京都大学工学部の学生によって作られた。
結果的にコンピュータ分野においてはアメリカに遅れをとったが、その頃の京大生は、世界の嚆矢たらんと、懸命に研究をしていたのだ。ある研究室で、雑談中に生まれたのである。「デジタル」とは、「出自、至る」の略。
出自を「でじ」と読ませた洒落だ。
どんな状態でも、それを数量化し、曖昧さを回避しようという概念で、つまり、突き詰めれば「出自(しゅつじ)がはっきりする」という意味が元になった。
履歴のはっきりしない、どこの馬の骨か分からないものへは対応しない。いっぽう、「アナログ」とは、「穴の具」が転化した言葉。
穴の具とは、要するに「糞」のことである。
排泄物という無駄なものにも、意味を持たせようと考えられた。
どこの馬の骨か分からないものにこそ意味があるという概念である。
これらは、こうしたユーモアから生まれた言葉だったのだ。たとえば、本を求めようとする。
デジタル派は、曖昧さを回避しようとするので、あらかじめ出自を求めて(書名を確認して)、その本だけを買いに本屋へ行く。
アナログ派は、とりあえず本屋へ行く。
立ち読みしながら(無駄な時間を送りながら、また、買わない本でも周辺情報を仕入れながら)、自分にとって買うべき本を探そうという行為をとる。だから、デジタル派がいいとか、アナログ派が悪いとか、そういうことではない。
「曖昧さ」や「無駄」に価値を求めるか否か、ということにすぎないのである。
よって、丹下もヘコむ必要はない。
無駄な人間にも、生きていく価値があるのだ。
という前提を踏まえて、1998年の今週は、7月6日(月)〜12日(日)でしたって、どういう前提なんだ、オイ。


