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 7月25日の『朝日新聞』に

 「結構います 同姓同名

という記事が載った。

 なるほど、おもしろい。

 ためしに、「たんげひでお」で検索したところ、芦屋市の学校の先生が出てきた。

 教育に尽くしている真面目な先生だと思う。

 それなのに、こちらの丹下ときたら、

 「バッカで〜す

 これが口癖なのだから、丹下先生、本当に申し訳ありません。

 同姓同名に生まれた運命だと思って諦めてください。

 丹下のことは、わたしが責任をもって教育します。

 わたしの同姓同名は、検索されなかった。

 しかし、これはペンネーム。

 本名(漢字3文字)で検索してみると、なんと、いるではないか。

 それも、競馬に関する人物で、新聞にも載っている。

 たとえば、『岩手日報』の記事には、こうある。

「……競馬の着順を予想する懸賞付きクイズに不正に応募しようとした事件で、二戸署と県警捜査二課は10日、有印公文書偽造・同行使と詐欺の疑いで、(中略)三戸郵便局貯金保険係主任○○○容疑者(42)を同容疑で逮捕した」

(06年1月11日)

 

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投稿者: 栗岩NEW太郎 on 2006/07/29 14:01
カテゴリー: お友達

 『三四郎』を読了。

 久しぶりに読んだけど、新鮮でした。

  20060723-sanshirou_M4205.jpg

 

 「(隣の男が大学の先生の似顔絵を描いていた)画はうまく出来ているが、そばに、ひさかたの雲井の空のほととぎす、と書いてあるのは、何の事だか判じかねた」

 こういうナンセンスなセンス、好きです。

 それはさておき、競馬の話が出てきたのには驚いた。

 三四郎の友人、佐々木与次郎が他人から預かった金を馬券ですってしまったというトホホなくだりがあるのだ。

 この小説は、明治41年9月〜12月まで『朝日新聞』に連載された。

 その当時、若者が競馬にはまるなんてことがあったのだろうか。

 明治天皇の

「馬匹改良の役所を設置せよ」

なるご下問が発せられたのが、明治37年。

 資金を集めるため、その最良の方法として競馬の施行が選ばれたのだが、中心人物として白羽の矢が、安田伊左衛門に立てられた(「安田記念」は、彼の功労に対して創設)。

 安田は明治39年に「東京競馬会」を設立させ、東京の池上競馬場で日本人による最初の馬券発売が行われた。

 けっこうな売り上げだったそうで、翌40年には目黒競馬場がオープンする。

 『三四郎』の舞台は本郷だから、漱石は目黒競馬を想定して書いたのだろうし、本人もイギリス留学で競馬を知っていたはずだから、勝負もしただろう。

 しかし、

 「与次郎が、他人からの預かり金で、馬券を買って、負けた」

という文脈は、ポイントである。

 せっかく盛り上がっている競馬のイメージを落としかねないのだ。

 何故なのか

 

20060723-Kobe-keiba 6380.jpg

<競馬イラスト  by Wikipedia>

 

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投稿者: 栗岩NEW太郎 on 2006/07/23 21:51
カテゴリー: お友達

 20数年前に読んだきりの夏目漱石三四郎』であったが、仕事の都合で再読している。

  20060715-sanshirou.jpg

 

 あの頃は、「競馬」の「けの字」も知らなかったが、競馬にどっぷりと漬かっている今は、馬の話題が出てくると敏感になる。

 今日読んだところに、こんなエピソードがあった。

 

 「(熊本の学生は)たまたま飲食店へ上がれば牛肉屋である。

 その牛肉屋の牛(ぎゅう)が馬肉かも知れないという嫌疑がある。

 学生は皿に盛った肉を手づかみにして、座敷の壁へたたき付ける。

 落ちれば牛肉で、ひっ付けば馬肉だという。

 まるで呪(まじない)みた様な事をしていた」

 

 馬肉は鮮度が命というから、みずみずしいそれは壁にペタッとくっ付いて、ナメクジが這うように落ちてくるというイメージか。

 

 ここで、競馬界の命題が思い浮かんだ。

 「競馬に関係している人は、馬肉を食べてもいいのかどうか

  20060715-shimofuri.jpg

 

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投稿者: 栗岩NEW太郎 on 2006/07/15 11:15
カテゴリー: お友達

 40歳以上の競馬好きは、同時に、プロレス・ピンク映画・芝居(アングラや新劇)も好きであると一般的に言われている。

 なぜ、そんな共通点があるのかは分からないが、それを「時代」と片付けるのは無理があるような気がする。

 しかし、初めて会う40歳以上の競馬好きにそれらの話題を振ると即、友達になれるのだから、むべなるのである。

 いずれにしろ、それらを取り巻く環境に、野村克也氏が大スター・長嶋茂雄氏と比較して、

「長嶋がひまわりなら、俺は月見草だよ」

といった、あの卑屈感をうっすらと理解できるような気がする。

 私もその例に漏れず、そのいずれも好きなのであり、過日、新国立劇場に井上ひさし作『夢の痂』(かさぶた)を観劇してきた。

 この芝居は、東京裁判をテーマとしたものであり、チラシにはこんな一文がある。

 20060709-yumenokasabuta.jpg

「東京裁判は、『戦争の責任はA級戦犯にあって天皇も国民もみんな被害者であった』というひとつの線引きであり、戦争責任・戦後責任に対する曖昧さが、『悪いのはあいつで、俺たちは悪くない』と常に線引きしていく現在の国民の無責任さにつながり、そしてその無責任さを考え直さないと国際社会では生きていけない、といった問題意識から本作は発想されます」

 

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投稿者: 栗岩NEW太郎 on 2006/07/09 18:29
カテゴリー: お友達

 まず最初に警告しておく。

 

  「丹下、ブログ上での公開ナンパは即刻、止めなさい!

 

 そういうのは裏でこそこそやってこそ、実感を得られるのである。

 実感を伴わないナンパは、かえって

「自称美人OL」のNAMIちゃん

に、失礼ではないか。

 いい年こいて、恥ずかしい。

 

 でも、NAMIちゃんとやら、

 「平成の緋牡丹博徒

を目指すあたり、何かくすぐるものがあるよな。

 藤純子ですか。

 

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投稿者: 栗岩NEW太郎 on 2006/07/02 15:59
カテゴリー: お友達
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